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Antoine Fuqua on Denzel Washington

The Greatest: Antoine Fuqua on Denzel Washington

 

Little White Liesの2016年の記事より。前書きは省略させていただいています。

 

 

 

 デンゼルとの撮影初日のことを覚えてる。その時点で(トレーニングデイの)脚本について何度も話し合っていてお互いをよく理解していると感じていた。このプロジェクトをどう持っていきたいかに関して波長が合ってたんだ。だけど僕にとって関係性が強固なものになったのは撮影のはじめ、初日のことだった。ダイナーでのシーンの撮影で、僕はデンゼルの方へ歩いて行って――言っておくけど、彼をわかっているように感じ始めていたとはいえデンゼルは僕にとってマイケル・ジョーダンのような存在なんだ――モニターを見に来たいか彼に尋ねた。彼は「あー、君は満足か?」と。「ああ」と答えると、「よかった。だったら見なくていい。俺が必要なときには呼んでくれ」と言って歩き去った。その瞬間に二つの事が起きたんだ。一つ、この人は僕を信頼している。二つ、この人は僕を信頼している――それを台無しにするんじゃないぞ。彼は監督に大きな信頼を寄せる人で、正真正銘一切モニターを見なくて興味深かった。テイクの終わりに毎回ただ僕のことを見て、僕が満足していれば彼もそれでよかった。僕と彼はリフオフをする二人のジャズミュージシャンのようだった――それが映画を作る間ずっと続いたんだ。

 デンゼルは特別だ。別の俳優と同じようにデンゼルを扱うことはできない。真実彼は違うんだから。もちろんすべての人との仕事は違うし、それぞれの俳優とそれぞれの関係がある。デンゼルとの仕事で学んだ一番大事なことは彼のプロセスを尊重すること。彼はとても賢く思慮深い俳優だ。僕はロジック・モンスターと呼んでる。背景に理由がなければデンゼルはやろうとしない。信憑性のない物事に関しては異議を唱えてくる。理に適ったピンとくる説明ができない限りね。けれど彼はとても寛容でオープンな人だ。陰から人を導く偉大なリーダーなんだ。彼が場を率いる様を時々見てたよ。肝要だったのは決して彼を縛らないこと。僕はいつも――フレームの中でもフレームワークの中でも――彼が自由を見いだし別の物事を試してみる余地を残してた。たとえばあの“King Kong ain’t got shit on me”のくだり――スピーチのあの部分は台本にはなかった。僕は時にああいったものがどこへ向かっているのかわかったり、あるいはエネルギーを感じとることができた。彼が与えてくれるものを捉えるために、ひとたび撮影準備ができたらカメラを持って必要な場所にいられるよう彼と調和していることが常に重要だった。デンゼルはすべてを与えてくれるから。

 その後僕らは連絡を取り続けて、家で会ったりディナーに出かけたりした。だけど『イコライザー』でまた仕事ができたのはずっと後になってから。この映画の制作で一緒に素晴らしい時間を過ごして、MGMが『荒野の七人』のリメイクを持ち掛けて来たときデンゼルが真っ先に思い浮かんだ。彼らの脚本は物語のDNAを汲むという点では巧みだった。だけど俳優のリストを見ていくとお決まりの顔ぶれという感じでね。この時点で僕はデンゼルを使いたいことはわかっていたけどまだ胸に秘めておくことに決めたんだ。もっといいタイミングがあると、キャスティング自体がイベントであるべきだと感じた。

 それで、プロデューサー達と僕との会議の際、「デンゼル・ワシントンはどう? 馬に乗るデンゼルは素晴らしいと思う」と。部屋はしんと静まり返った。やがて誰かが「彼に出演してもらえると思うか?」と言った。正直まるでわからなかったけど、少なくとも彼に話をしてみることはできるとわかってた。それで彼とニューヨークでランチを食べる約束を取り付けて、デンゼルと彼の娘さんと僕とで会って、アイデアを投げかけたんだ。彼は僕の西部劇への思い入れを知ってたから笑い出したよ。 すぐに『七人の侍』について話をし、僕のイメージを彼に伝えて、彼は考えてみると言ってくれた。彼がそのアイデアに興味をそそられたのがその場でわかった。別れた後彼は脚本を読んで僕に電話をかけてきて、「MGMは本当にこれを制作する気なのか?」と聞かれて「そうだけど」と。

 一度興味を持ち出したら彼がとてもワクワクしているのが見て取れたよ。銃とホルスターを身につけたら外そうとしなかった。すぐに乗馬なんかを始めた。素晴らしかったよ。僕はデンゼルが馬に乗るところを自分がどれだけ見たかったか気付いて興奮し始めた。僕が重要視しているのは西部劇はいつもワンパターンで同じ見かけだということなんだ。西部劇の課題の一つだと思うから、それに挑戦して現代的なことをしたかった。今僕らが暮らしているこの世界のようにもっと見た目も感覚も多様なものにしたかったんだ。彼はキャラクターについてこうしたいという要望があればいつもあらかじめ話してくれる――たとえば『イコライザー』では髪を剃りたいと。だからそういうことを二人で話して、僕はそれが発展していくのを見てるんだ。『マグニフィセント・セブン』について最初に話したのはもみあげのことだった。二、三年前にベガスで一緒にメイウェザー対パッキャオ戦を観ていて、彼がもみあげを伸ばしたいということ、どれだけの長さにするかということについて話し合った。

 デンゼルはムービースターだ。彼はそれを好まないけどね――むしろ役者の中の役者として知られることを好む。それはまったく正しいんだ、彼は劇場を愛しているし重きを置いているから。彼に聞いてごらん、自分は俳優で、仕事をしている時は現役の俳優だし、仕事をしていない時は失業中の俳優なんだ、って答えるよ。それは個人としてのデンゼルについて多くを語ってる。彼は決して高い腕時計や高級品を身につけないから。彼はハリウッドの派手さとは無縁だ。そういうもののためにこの業界にいる訳じゃない。彼はただ演技が大好きなんだ。だけどデンゼルはムービースターなんだよ。長身で、力強く、ハンサムで、魅力的で、非常に聡明で、よく通る声で、人としてのとても深い感情を持っている。そして彼が微笑めばその場が明るくなる。二つ離れた部屋にいるときに彼が笑い出せばああデンゼルだってわかるんだ。そんな男はそうそう存在しないよ、すべてを持ち合わせてる男はね。そういう意味で彼は真のムービースターなんだ。それとは別に、そう、彼はカメラに愛されてる。編集室でだけ見える魔法、撮影現場では気づきもしなかった小さなことがそこにあるんだ。だからこそ彼に自由に動く余地を残す必要がある。そうすれば彼は常により多くのものを与えてくれるから。

 それに彼は誰からも好かれる。一緒にビールを引っ掛けられる楽しいタイプだから男性から好かれる。それに女性からも好かれる……まあ、理由は言うまでもないね。そしてデンゼルには謎もある。自分自身に正直でい続けるから。多くの点で彼はごく普通の男なんだよ。会ってみるとスウェットパンツとテニスシューズ姿だったり。いつも朝のジムで会うんだけど、彼は毎日9~10ラウンドのボクシングをするんだ。けれどデンゼルを本当に偉大な存在たらしめているものは、もし一つに絞らないといけないとするなら、それは鍛錬なんだ。彼は技術を学ぶ。彼は彼の歴史を知ってる。偶然ではなくリサーチを通じて、そして彼がキャラクターにもたらすものゆえに、適切な演技をする技能を持ってる。そういう意味で彼は優れたアスリートのようだ。たとえばモハメド・アリ……彼はトレーニングを嫌っていたけど頂点に立つために誰よりも必死にトレーニングをした。デンゼルもそんな感じだよ。目には見えないだろうけど、彼は厳しい訓練をこなしてるんだ。