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備忘録や情報まとめのメモ。間違いがありましたらご指摘いただけるととてもとても有り難いです。

BuzzFeed 「マーベルを落としたmaniac」

読み応えのある好きなインタビューなのでシェアさせて頂きますが、細かい点に諸々自信がないので私の拙訳は参考程度にぜひとも原文の方もお読みください。

 

  子供の頃、ジェームズ・ガンは自分の部屋の段ボール箱の中に宇宙を持っていた。
 彼は六人の兄弟姉妹の長男で――男の子が五人、女の子が一人――彼らは全員1970年からおおよそ一年ごとに生まれた。住んでいたのはミズーリ州マンチェスター郊外、田舎めいたセント・ルイスの小さな二階建ての家。弁護士である彼の父は仕事で頻繁に街を出ていて、母は大概一番幼い弟妹に注意を向けていた。
 だから、ガンは数々の彼だけの世界を創り始めた。
 どの惑星でも彼は異星人の社会にとって大事だと思われるものすべての案を立て――家の様式、ペットの造形、配管のデザインまで――急成長する独創的な宇宙のための生産品をどんどん重たくなっていく箱の中へ入れた。
「物語として成立してた訳じゃないんだ」その記憶を振り返りガンはほとんど恥ずかしそうに言った。マーベル・シネマティックユニバースに加わる最新の――そしてガンが願うところでは最も素晴らしい――作品である『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス』の最後のひと仕上げを終えたばかりの、バーバンクのディズニーの敷地にあるオフィスでそう語るのは彼にとって容易い事だ。四月中旬の午後、進化した生産品が彼を取り囲んでいた。脚本・監督を務めた映画からのスクリーンショットを印刷した壁紙が壁に貼られ、彼がサインするためのポスターがテーブルの近くに積まれ、屋根からガーディアンズのアクションフィギュアが生えた彼の古いダッジヘルキャットの模型――人もあろうにガンの不動産仲買業者からの贈り物――がデスクの横に鎮座している。ここへ到達するまでにガンがどれだけ遠くやって来たのか気付かずにいるのは難しい。
「僕らは遊びと笑いと想像力が最も価値のある小さなミニチュア社会で育ったんだ」彼は家族についてそう説明した。「僕はただずっと、マーベル・コミックス・ユニバースであれトールキンの(中つ国)ユニバースであれ、ユニバースを作る能力をとても魅惑的だと感じてた」
 46歳の彼の想像力は現在、部屋の箱の中に夢見ていたよりも広大で独創性のあるクリエイティブな状況を指揮している。彼はほぼノンストップで5年間を費やし、最初の『ガーディアンズ』――2014年に世界で約850億円の興業収入を獲得すると共に、ハリウッド史上最高に成功しているシネマティック・ユニバース作品の中で多くのファンから最も気に入られ熱愛を獲得した――を作った。Vol.2の成功も保証されたようなもので――5月5日の国内公開に先んじて現時点での先行海外公開で約145億円を獲得している――ガンは既に『ガーディアンズ』三作目の脚本と監督に取り組んでいる。
 彼はまた、MCUが2020年に向けて自称"コズミック"ユニバースに成長するのを手助けする重大な役割を負うことになっている――彼の監督作品が大成功中の会社の能率よく働くマシンが生む製品というより最も特色があるといえる作品だからだろう。マーベル・スタジオズの社長であるケヴィン・ファイギに続き、ガンは今日の映画制作界で唯一最大の利益を上げる創造的組織における最も影響力のある創造的な有力者の一人となるかもしれない。
 しかしそうした高尚なポジションに辿り着くまでのガンの道のりは、口汚い宇宙旅行者であるロケットという名のアライグマが感謝に満ちた国民の心を掴む事と同じくらい思いがけないものだ。彼のキャリアの超新星である2014年の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』に先立ってガンが監督した主要上演作は2006年『スリザー』と2011年『スーパー!』の二つのみだ。双方ともR指定で、途方もなく暴力的で、興行収入は二つ合わせて世界的にわずか14億円だった――そしてその2作品は、とても“僕を雇ってくれディズニー、大ヒット映画を作るから!”と訴えかけているとは言えないブラックコメディに満ちている。
「彼は適切と不適切の微妙な境界線上にいるんだ」ガーディアンズの出演者であるクリス・プラットは彼をムービースーターにした監督について穏やかにそう話した。
 というのも、『スリザー』と『スーパー!』の製作の合間にガンはSpike.comの風刺的なウェブシリーズ『James Gunn's PG Porn』を作った(タイトル通りの作品だ)。その後、猿と人間の混血の子を作るためにブラチスラヴァに精液を送る男の物語である気の狂ったウェブショート『Humanzee』を生み出した。彼の突飛さと過激さへの傾倒は映画製作における彼の最初のヒット、トロマ・エンターテインメントのクズ傑作『トロメオ&ジュリエット』の脚本まで遡る――名義上のヒロインが自ら巨根の牛に変身する映画だ。
「ジェームズにはとても刺々しくて尖っていて変わったパンクな要素がある」とガンの友人でありマーベル・スタジオズの旅の道連れであるジョス・ウェドンは話す。「彼は本当に愉快だし作品にはとても温かみがあるが、そこには闇があるんだ」
 その闇はガンの人生のほぼすべての面について回り、時に彼の大きな悩みの種となり、たびたび彼が自ら呼び込んだ。それはまた彼の転々とするハリウッドのキャリアの燃料となり、最初にマーベルを惹きつけた映画制作の形を作る手助けにもなった。
「自分のしたい通りにする事ができて自分自身のままでいられて、それが功を奏した」とガンは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』について話す。「これは100%僕の人生だ。僕はこの作品に100%身を投じてる。他には何もない。彼女はいるけど家庭はない。ペットたちはいる。それだけ」
 その傾倒の激しさについて彼は爆笑した。「それは別の問題だ、僕はイカれた野郎(fucking maniac)なんだ」
 五人の弟妹を持つことは未来のフィルムメーカーにとって理想的な育ちだった。役者を欠くことも題材を欠くこともない。「僕はその近辺の子供たち全員を監督する子供だった」とガンは言う。「子供の頃から監督だったんだ」
「ジミーは僕を、そうだな、おもちゃみたいに利用してて、彼の作ったちょっとした映画に出させたんだ」ジェームズ・ガンの末の弟であるショーンはそう振り返る――彼はのちに『ガーディアンズ』二作を含めほぼ全てのジェームズの映画に出る事となる。
「うちの家ではみんなずっと、彼が自分をクリエイティブな予見力の持ち主だと捉えているのを感じてた」ショーンは笑いながら付け加えた。「からかう事もできるけど、でも実際彼はクリエイティブな予見力を持ってるんだ。そういう人と一緒に育つというのは興味深いし非凡なことだったよ」彼は幼い頃、ジェームズともう一人の兄のブライアンが小さな木のブロックの入った箱に彼を押しこんだ時の事を振り返った。「二人は箱をテープで止めて部屋の中を転がしたんだ」とショーンは微笑んで言う。「彼は僕をいじめてるつもりだったみたいだけど、僕はキャーキャー喜んで笑ってた」
 絆の固いやんちゃなガン一家ポップカルチャーにも染まっていた――そして、ジェームズは特にコミックに夢中だった。「コミックの入った箱に次ぐ箱を持ってたよ」とショーンは言う。「山ほどの箱をね。僕が物心つく頃にはもう大量のコレクションがあった」
 ガンのコミックへの情熱は確実の彼のキャリアに役立ってきたが、子供の頃その情熱は積極的にシェアしたいものではなかった。「ミズーリ州マンチェスターでは、幼い子供がコミックに関心があるとは口にできなかった」と暗い口調で彼は言った。平素は必要以上に数段階大きい彼の声量が落とされて囁き声になる。「子供たちはその頃コミックを読んでなかった。僕は人に見られないように隠してたよ。……とても偏狭な街だったんだ。とてもカトリック的で。弟たちと妹と僕は常にオープンな考え方をしていたと思うけど、僕の育った街の中ではそれは決して必ずしも価値のあるものではなかった」
 五年生になると、学校は「心底イカれたイジメっ子たち」によって支配され始めたとガンは言う。「イジめられていただとか揶揄われていたというような話は大ごとだという風潮だけど、それが僕の育った環境だった」とガンは言う。「まだ11歳~12歳で、生徒がセックスしてドラッグをやって酒を飲んでる学校に通ってたんだ。子供はみんなそうなんだって思ってた気がする」
 その素行のきっかけは、ガンによれば、学校のモンシニョールだったラッセル・J・オブマンだった。当時ガンはオブマンが同級生の少年らに酒とポルノグラフィーを与えていた事は知っていたという――オブマンの振る舞いの全容を理解したのはずっと時間が経ってからだった。「あの司祭が子供たちを性的虐待していたことにも、それによって僕のクラスの中で信じがたいクソだらけの社会が作り出されたってことにも僕は気付いてなかった」ガンは落ち着きなく回転椅子を回しながら不快そうに言った。「たとえば生徒がメモを回してドラッグやセックスについて話していてそのメモが教師に見つかった場合は問題にさえなった。これが五年生の時だよ」
 オブマンは一度も彼をターゲットにはせず、やがて司祭はよその教区へ移ったとガンは話した。(オブマンは2000年にガンで亡くなった。St. Louis Post-Dispatch誌での死亡記事には複数の教区で勤めた後1993年に引退したと記されているが、虐待については一切触れられていない。セント・ルイス大司教区の代表はBuzzFeed News からのコメントの要請に返答をくれなかった。)それでもその経験はガンにとって恐ろしいものだった。一つの理由として、彼の周囲の大人たちが誰も真剣にとらえていないように思えたのだという。
「両親のことはとても愛してる」とガンは言う。「今では彼らはとても恥ずかしく感じているけど、当時『ねえママパパ、オブマン神父は司祭館に子供たちを連れて行ってポルノ映画を見せたりビールを飲ませてるんだよ』と話したんだ」と彼は振り返る。「ふたりは『もう、ジミー』と。80年代のことで、人々がそういう話題に敏感になる前だったからね。学校のモンシニョールについて僕らが作り話をしてるとしか思わなかったんだ」
 クラスメイトの多くとの深刻な不和と、身近な権威ある人間による幻滅は、ガンをポップカルチャーへの執念の中へさらにうずめることになった。特にホラーを、その中でもユニバーサルの古典怪物映画を好んだ。「暇さえあれば『大アマゾンの半魚人』や『フランケンシュタインの館』やオリジナルの『ドラキュラ』を観てた」と彼は言う。彼がやがて喋る木や緑の肌をした暗殺者を愛すべき映画キャラクターへ変える男だということを考えれば、それらの怪物映画に感じていた魅力が"怖ろしい"という要素だけではなかったことは明らかだ。「大部分はモンスターへの興味だった」と彼は言う。「モンスターが大好きだったんだと思う。狼人間やドラキュラやあらゆるモンスターに同情さえしてたんだ」
 彼はそこで一瞬沈黙した。「あのモンスターの立場になっていたんだと思う」
 ティーンエイジャーの頃、ガンの映画のモンスターへの固執はもっと生身の"ロックンロール・ヴィラン"、つまりパンク・アイコンのジョニー・ロットンやショック・ロッカーのアリス・クーパーへシフトした。「アリス・クーパーのショーに行くと、みんなが『吊るせ! 吊るせ!』って」とガンは怒鳴り声で言った。「あれがいつもすごく楽しかった!」
 とても楽しくて自分もそういった経験をしたいとガンは憧れた。彼はハイスクールで音楽を始め、十代後半から二十代の頃バンドの中心となりツアーをした。しかし彼の野心は決して自己評価とマッチしなかった。「飛びぬけて上手くはなかったんだ」と彼は溜息を吐く。「何か卓越したものが欲しかった。自分はソングライターとしてはとても素晴らしい素質があると思ってたし、パフォーマーとしてはとても素晴らしいと思ってた。でも素晴らしいシンガーではなかった」
 次にガンは小説家になろうと90年代半ばにコロンビア大学大学院のフィクション・プログラムに入学する。ステージに立つことへの消えない欲求を満たすため、マンハッタンのロウアー・イースト・サイドで、彼曰く「漫談とワンマンショーとポエトリー・スラムの中間」の独白形式のパフォーマンスを始めた。
 言い換えると、金が必要だった。たまたま弟のマットのツテでガンはトロマ・エンターテイメントの面接を受ける事になった。ニューヨークを拠点とした超低予算のこの映画制作会社は映画制作銀河の片隅に存在し、1984年のB級ホラーヒット作『悪魔の毒々モンスター』で一躍カルト映画の悪評を得た。
「くだらない、ミュータントとセックスと暴力の映画たちってところだ」とガンはトロマの評判について語った。「僕は特殊効果だか血を作る仕事でもできればいいなという感じだったと思う」
 その仕事の代わりに、最初の面接の後でトロマの社長であるロイド・カウフマンはガンに『トロメオ&ジュリエット』――くだらない、ミュータントとセックスと暴力の、シェイクスピアの不朽のラブストーリーの改作――の脚本を書くチャンスを与えた――150ドルで。
「アッパー・ウエスト・サイドの狭いゴミアパートのベッドに横たわって『やべえ、俺の名前が映画に出るのか』と考えてたのを覚えてる」とガンは話す。「ずーっとね。大混乱だった」子供時代の映画作りの趣味が一瞬で永続的な生涯の情熱へと姿を変えたのだった。「その、映画の世界に呼ばれているような、他の物事には感じなかった奇妙な感覚があるんだ」と彼は言う。「自分には人生でやりたい物事がある気がして、それから自分を呼んでいる物事があって、なんであれ呼ばれている物事をやりたいと思い切ることができればいい」
トロメオ&ジュリエット』制作の経験はMCUに加わるための決定的な技術に繋がる特訓となった。ガンは自身のクリエイティブな衝動を、生き生きとして堅固な、映画らしい形に紡ぐ方法をそこで学んだ。「ジャンルは『トロマ』だったよ」とガンは言う。「でもあの映画の中には心底暗い要素と明るい要素とどたばた劇が同時に混在してるシーンがたくさんあった。あれは僕のためのものだった」例えばガンは作中の薄幸の恋人二人を生き延びさせ、彼らが血の繋がった兄妹だと知りそれでも駆け落ちする事を決意して奇形児たちの家族を持つというアイデアは彼のものだったと話した(また、ガンはロレンス修道士を小児愛者の司祭に代えた)。
 B級映画としては『トロメオ&ジュリエット』は正真正銘のヒット作だった。ニューヨーク・タイムスでさえこの映画は『無性に不快』で『馬鹿みたいに爽快』だと褒め称えた。カルト的に売れた事で、ガンは映画業界でのキャリアをスタートするためロサンゼルスに引っ越す事を決めた。
 しかしLAにやって来た時、彼曰く、「誰も目もくれなかった」。
 90年代の終わりで、コミックブック映画界隈は未だ駄作『バットマン&ロビン』の屈辱を引きずっていた。けれどそれによってガンが二流のスーパーヒーローチームの日常の些細な苦難を追う『MIS II メン・イン・スパイダー2』というコメディーの執筆を控えることはなかった。彼の不遜で等身大のアプローチはそのジャンルへの清々しく新鮮なアプローチとして際立っており、その脚本はロブ・ロウトーマス・ヘイデン・チャーチ、パジェット・ブリュースター、ジュディ・グリアを含む確かなキャストたちを惹きつけた。(また、ガンは彼自身と彼の弟のショーンのために脇役を確保した。)
 上映前夜、実を言うと、ガンは不安でいっぱいだった。「上手くいかないだろうと考えながらベッドに横たわってた」と彼は言った。「なにしろ良い作品にならないような作りだったのはわかってたから」
 彼の直感は少なくとも一つの厳しい基準によって正しかった事が証明された。ボックス・オフィス・モジョによると、『MIS II メン・イン・スパイダー2』は2000年9月20日にたった二つの劇場で公開され興業収入は総計約145万円だった。
 ガンのキャリアにとっては瑕かもしれないが、その映画はジャンル映画界に新風を感じ取った業界のプロフェッショナルたちの高尚なファングループを獲得する事ができた。「あの映画は大いに重要だったと思う」とウェドンは言う。「スーパーヒーローたちの解体の現代版をあんなに完璧に作った者はいなかった。あの作品は我々がスーパーヒーローをいかに"世界の命運は自分にかかっている"というような重々しいものとして描いていたかを告げていたんだ。知人全員に観させてるよ」(ウェドンは『MIS II メン・イン・スパイダー2』への彼の熱意こそがマーベルがガンを『ガーディアンズ』の担当として検討する事実上の最初のきっかけだったと語った。)
 制作に至らなかったいくつかのプロジェクト――低予算ホラー映画会社を舞台にした『Cheap Shots』というウェドンと共作の30分間のコメディードラマのパイロット版など――に取り組んだ後、ガンは子供の頃好きだったTV番組の1つ、『スクービー・ドゥー』の実写化のために雇われた。最終的には2002年にPG指定の家族向けコメディーとして公開されたその映画は、しかしガンが予定した作品ではなかった。「つまり、僕はウェス・クレイヴンに監督をしてほしかったんだ」悪戯っぽくニヤニヤしながらガンは言う。「笑えてクレイジーで、かつクソほど怖い作品にしたかった」
 それはおおよそクソほどクレイジーな作品だった。アメリカ映画協会が完成した作品を最初に審査した際、ガンによれば、ブードゥー教の僧侶が「『私は子猫は食わない』とかなんとかいう感じのことを言う」シーンで渋ったという。「あれはほのめかしだった」。そのシーンをカットするのは簡単だったが、それどころか子供向け映画を求められていることにスタジオが気付いた時、サラ・ミシェル・ゲラー演じるダフネとリンダ・カーデリーニ演じるヴェルマのキスシーンもなくなったのだとガンは話した。プロデューサーは役者の谷間を消すためにCGIさえ使ったという。
 そうしてトーンダウンされた映画はヒットし、続いたガンの2つの脚本の仕事は――古典ゾンビ映画の現代リメイク『ドーン・オブ・ザ・デッド』、そして『スクービー・ドゥー2 モンスターパニック』――両作品が2004年5月の週末に連続して初登場第一位だった。ガンはこの業界で新たに生まれた熱を拡大させ、ようやく彼の監督デビュー作、オリジナル・ホラーコメディ『スリザー』に漕ぎつけた。
トロメオ&ジュリエット』で試みた激しく変動するトーンに似て、『スリザー』は陰惨なホラー、純粋な哀愁、(文字通り)腹が捩れる*1コメディを、時に同じシーンの中で行ったり来たりする。温厚な高校教師・スターラ(エリザベス・バンクス)が主人公で、彼女の嫌な夫(『ガーディアンズ』のマイケル・ルーカー)が宇宙ナメクジのエイリアンに乗っ取られる映画だ。批評家たちは今作を愛した――バラエティ誌はこの映画を「巧妙な捻りが利いている」と称した。しかし『スリザー』は2006年5月に公開され大ゴケした。「今にして思えば、商業映画の何たるかにまったくもって無頓着だった」とガンは言う。「ホラーコメディが売れたことは一度もないんだとハッとしたのを覚えてる。『この一年半俺は何をしてたんだ!?』と思ったよ」
 当初何が『スリザー』の制作へ駆り立てたのか尋ねると彼は肩を竦めた。「僕はそう複雑な人間じゃない――ただアイデアがあって書き始めただけだよ」と彼は言う。「自分のやっている事を熟考したりしないんだ。ただやるだけ。それでしばしば大変なトラブルに陥る」
 数分後、ガンは急に話をやめてその質問へと話題を戻した。「『スリザー』を振り返ってみると、あれは僕の結婚生活の崩壊についての作品なんだ、色々な意味でね」と彼は結論づけた。「執筆当時、これは夫婦関係を解消する物語だとは思っていたけど、自分の夫婦関係が実際に解消されるところだとは思ってなかった。全然自覚がなかった」
 2000年から2007年に公式に別れるまで続いた結婚生活は『ザ・オフィス』の出演者ジェナ・フィッシャーとのものだった――もしも人生のうちの30分間を高まる不安感を味わって過ごしたければ、ガンとフィッシャーが誇張した本人役で出演している2004年のショートフィルム『LolliLove』を観てみるといい。全編を通して"ジェームズ"と"ジェナ"はホームレスにロリポップを与えるという滑稽なほど見当違いな慈善事業を立ち上げようとし、彼らの狙いは――主にジェームズの考えなしで自己中心的な振る舞いのせいで――不快なものとなる。フィッシャーはモキュメンタリー・スタイルで大部分を即興で撮っており、二人が最終的に実生活で離婚する事を知っていると二人の口喧嘩をじっと観ているのがより気まずい。ガンにとっては尚更だが。
「最近久々に見返したよ」彼の表情は完璧な *2に変わった。「ガールフレンドに見せたんだ。元妻とのシーンがあんなにある事を忘れてて、うおおって感じだった」
 2010年に再婚したフィッシャーと彼とは良い友人関係を続けているとガンは強調する。「よく話すよ」と彼は言う。「ほぼ毎年クリスマス・イブを一緒に過ごしてる。僕らは典型的な離婚者ではないんだ。彼女が一段階進んで姉妹になったような感じだよ」(フィッシャーの広報担当は彼女はバケーション中でこの話へのコメントは不可とした。)
『LolliLove』を作った事に関して後悔の念はないとガンは同様に確信していた。「二人の最悪な部分を使ってキャラクターにしたんだ、笑えたから」と彼は言った。「今まで一番楽しかった上映会の一つはセント・ルイス・フィルム・フェスティバルで『LolliLove』を上映した時だし、映画の最後で細菌恐怖症のジェームズが唾をかけられるんだけど、観客は拍手喝采して大笑いしてたよ。だって僕は究極のヴィランだ!」ガンは爆笑し、アリス・クーパーの『吊るせ! 吊るせ!』と同じだと手を叩いた。「すごくいい気分だった」
 忌まわしいバージョンの彼自身を一般に公開する事は、ガンにとっては彼のキャリア全体における強迫観念に近い。2009年のウェブショート『Humanzee』では、突然変異のチンパンジー人間である息子(演じたのはごてごてのメイクをした弟のショーン)におしっこをかける"ジェームズ・ガン"を演じた。彼の初の――そして現時点では唯一の――小説本、2000年の『The Toy Collector』は、病院の用務係でアルコール中毒の"ジェームズ・ガン"が子供時代のおもちゃを収集する資金のために処方薬を売り払う物語だ。ガンは実際病院の用務係として働き、ロヨラ・メリーマウント大学の映画学部を中退してミズーリへ戻っている。なぜなら、彼いわく、「酒と薬に浸ってどん底だったから」。
 では『The Toy Collector』は自伝なのだろうか?
「そうだな、本当の事も書いてあるけど、本当じゃない事もたくさんある」彼の声は再び数デシベル落とされた。「あるいは少なくとも実現しなかった事だ。だから完全な自伝ではない。僕が嫌な奴って事なのか、またはかつて嫌な奴だったのか、あるいは自分の本当の姿に居心地の悪さを覚えていたせいで嫌な部分を押し出したのかはわからない」彼はこめかみをかくために言葉を切り、それから声のトーンが語尾を上げたものに切り替わった。「僕は弱さがイヤで、弱い存在でいるよりは嫌な奴でいる方がマシ?」
 ある意味ガンはその後に続く長編映画『スーパー』でその質問へ答えようとした。『The Specials』の”生身の人間であるコミックブック・ヒーロー”という妄想を限界まで追い込む映画だ。フランク(レイン・ウィルソン)は薬物を断ったばかりの妻・サラ(リブ・タイラー)が彼を捨てて軽薄なドラッグディーラー(ケヴィン・ベーコン)に走った後に絶望の淵に沈み、神々しい幻影に導かれて、レンチで悪人予備軍を殴り倒すクリムゾン・ボルトという名のコスチューム姿のヴィジランテとなる。
 フランクはしかし、何が”悪”なのか具体的に見分けてはいない。ある異彩を放つシーンで彼は映画館の列に割り込んだ男の頭をかち割る。彼の頭から血が噴き出すショッキングな光景はある種呆然とした笑いを誘うが、スーパーヒーロー達がいかに急速に実際見るもおぞましい暴漢に変わるか、という事をはっきり示しているシーンでもある。
『スーパー!』はガンにとって多くの意味でこれまでで最もパーソナルな映画でもある。ハイスクール時代に始まり二十代に至るまで、彼は「凄まじく、圧倒的な、全くの幻影たち」を体験したという。
「あの映画が僕にとってどういうものか話すのはリスクを伴うんだ。なぜなら誤解される可能性があると思うから」とガンは話した。
『スーパー!』作中で、フランクの目に彼のベッドルームに伸ばされる神の巨大な手が映り、姿なきエイリアンの触手のようなものが彼をベッドに縛り付けている間に彼の剥き出しの脳に触れる。「あれは演出だけど、あの神の指は、そう、僕にとっては完全にリアルなんだ」とガンは言う。「元彼女には僕は前頭葉てんかんだろうと思われてた。……あれは厳密に言えば生化学的な問題だと考えている僕がいて、違う問題だと考えている僕もいて、人知を超えた物事の組み合わせだと考えている僕もいる。だから、そう、そういった理由で『スーパー!』は僕にとってとてもパーソナルだ。そして人と話し合うのが難しい」
 2011年に『スーパー!』が公開されたのは、不運にもそれより大幅に大衆受けする映画『キック・アス』――同じく超暴力的な、コスチュームを着たヴィジランテたちが主役――の後で、結果として評価の面でも商業的にも受けが悪かった。「『スーパー!』はものすごく人を混乱させる作品だったんだ」とガンは表情を曇らせる。「率直に言えば誤解されているように感じた」
 そうして彼はハリウッドでの自分の居場所を疑問に思い始めた。「一体自分が何をしたらいいのかわからなかった」と彼は言う。「ずっと自分はビッグな監督になると思ってた。当然そこに向かってるものとただずっと思ってたんだ。そこでふいにそうじゃないという気がした」
『スーパー!』はガンが以前ベン・スティラーのスタジオの『Pets』という作品を作る試みを放棄した後の作品だった。王道SFに風変りな捻りを加えたコメディで、エイリアンに攫われた男が他の飼い慣らされた人間たちと共にハムスターのように巨大迷路に入れられる話だ。彼はそのコンセプトをとても気に入ったが、受け取る通達の連続に辟易していった。「どんどん生ぬるくなっていく一方だった」ガンは『Pets』について深い溜息とともにそう語った。「僕はユニークな意見をこのプロジェクトに持ち込んでいたつもりだったけど、ハリウッドの売れっ子監督なら誰であろうが全く同じものを作りそうな映画だった。ありきたりな作品になっていって自分は無用だと感じているものに取り組むだなんて」

 現代のハリウッドにガンの居場所はないように感じられたが、生来のクリエティブな素質により彼は絶えずこの業界に魅せられ続けていた。そして彼はエージェントとマネージャーに連絡し、映画監督は引退すると伝えた。「その場に留まって何にもならない事をしたくなかった」と彼は言う。「話し合いの場に加わりたかったんだ。それに誰も僕にマーベル映画をやらせてくれようとはしていなかった」
 一週間ほどして、その通りの事が起きた。
 最も知名度の低いコミック作品の一つである『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』をどのように存続可能な映画フランチャイズに変身させるか、マーベルは数年間模索していた。2009年から脚本家のニコール・パールマンはこの作品をスタジオの脚本執筆の研修プログラムの一環として発展させ、彼女の進捗によって会社は『ガーディアンズ』を『アベンジャーズ』以降初の新フランチャイズの立ち上げとする事に対し充分に前向きな状態でいた。
「初期の草稿たちは一生懸命スター・ウォーズになろうとしてた」と、『アベンジャーズ』『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』の監督に加えMCU全体のエグゼクティブ・クリエイティブ・コンサルタントのような立場を務めていたウェドンは話した。「尊大さを排除するために我々で色々と取り組んだよ」ウェドンがマーベルがガンの起用を検討している事を知った時、彼にとってようやくプロジェクトがはまり出した。「僕は間違いなく懐疑的だったんだ。『あー、アライグマかー』ってね」と彼は言う。「そこで参加してきたジェームズ・ガンは『アライグマ!』という感じだった」
 実を言うとガンはもう少しでミーティングに出席しないところだった。マンハッタン・ビーチのマーベルのオフィスまで運転して行きたくなかったという理由で。マーベルは彼に形だけ興味を示しているのだと思い込んでいたし、まばらにリリースされた『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』コミックスに対しよくて無関心だった彼はその映画化に気乗りせずにいた。ガンはいずれにせよミーティングには出席した――蹴っていたらこの上なく愚かだっただろう。しかしガンがロケットについて、そして二足歩行の喋るアライグマに改造される事が彼にとって実際何を意味するのかについて考え始めたのは帰路についてからだった。想像力が稼働し出した。突然彼は「自分がそのキャラクターたちをどう作り上げられるか」を悟ったという。
「彼は確か20ページの文書を送ってきて、表紙に古い型のソニーウォークマンの写真が載ってたんだ」マーベル・スタジオズの社長であるケヴィン・ファイギはガンの最初の対応についてそう思い起こした。「ページをめくって内容を読む前から既に『これは信じがたいほどパーフェクトだ』と思った」
『ガーディアンズ』は、ウェドンの表現では、マーベル・コミックスの中でより馴染みのあるアベンジャーズのテリトリーのかなり外にいる「二次的なもの」だ。「ジェームズにとっては完璧な遊び場だった。彼らは『えーっと、それはソー的に間違っていそうだ』なんて心配する必要がないからね」とウェドンは続けた。「ジェームズはただ定刻通りに働いたり予定通りに動くだけの物づくりなんてしない。ジェームズ・ガン映画しか作らないだろう。そして幸運な事に、彼のやりたい事はまさにマーベルが彼にやってもらいたい事だった。だから完璧に重なってたんだ」
 ガンをハリウッド周辺に留めていた主なものであるそのいたずらっぽい不遜さは、マーベルが彼に手渡した素材とマッチした。「奇妙なのは、彼のいくつかの作品はとてもダークで歪んでいるとはいえ――ほら、『Humanzee』を観たでしょ――本当に最も彼らしい作品は『ガーディアンズ』なんだ」とショーン・ガンは言う。
「彼の人生にまつわるすべて、経験のすべてをあの映画に注ぎ込む方法を彼は見つけた」とファイギも同意見だ。
 ガンの手によって、ピーター・クイル(プラット)は異星人とのハーフのNASAの宇宙飛行士から、70,80年代ロックを愛し、完璧とは言い難い父親的存在のヨンドゥ(ルーカー)――彼は気高いアーチャーからいかがわしい宇宙海賊へと変身した――との問題を抱え、厚かましくルールを軽視するならず者へと一変した。ドラックス・ザ・デストロイヤー(デイブ・バウティスタ)は元々は残忍な人でなしだったが、今では滑稽なほど想像力が乏しく、無遠慮に喋り、その結果に無頓着なキャラクターだ。ヴィランであるロナン・ザ・アキューザー(リー・ペース)は、悪人ではあるが時に善人でもある異星の司法官から、情け容赦がなく口汚い狂信者へと調節された。ガンは『スリザー』の異星ナメクジさえカメオで忍ばせた。
 そしてロケット――声はブラッドリー・クーパーが担当、現場ではショーン・ガンが演じる――は、常に過小評価されているエンジニアリングの天才としてコミックスでの設定の大部分を留めているとはいえ、ガンは彼の意地悪で攻撃的なユーモアセンスに、人から全くのクソ野郎だと思われようが気にしない、というよりある意味そう思われる事を選んでいる、という解釈を与えた。彼はロケットを最新の、最もアライグマなバージョンの"ジェームズ・ガン"にしたのだと言えなくもない。
「100パーセント今まで書いた中で一番パーソナルなキャラクターだよ」まるでそのキャラクターを抱き寄せるかのように胸の前で両手を握り合わせながらガンはやさしく話した。「彼は最高に僕自身だ。それについてはあまり語る事すらできない。確実に。確実に。彼は僕なんだ」
 毛皮で覆われた人間嫌いの彼が他人と誠実で感情的な繋がりを持つ事の良さを少しずつ理解し始める中で、ガンは彼とロケットとの繋がりを『ガーディアンズ Vol.2』でなおいっそう探求した。『ガーディアンズ』のキャラクターたちが互いにシェアしている擦り切れた家族の絆は彼らが認めるよりも極めて重要であるという意識は、驚くべき深い思いやりの泉で映画全体を満たしている。「彼がまだ脚本すら書いていない段階でアイデアを投げ掛けてきた時、感動で涙が出た」とプラットは言う。
 それは期せずして、巨大なハリウッドのフランチャイズへの取り組みが監督へ与えた影響に酷似していた。
「僕は人が人の顔面を撃つシーンを書く事で自分を守ってるんだよ」とガンは含み笑いをする。「自分が誰かの顔面を撃つ事について考えないといけないとしたら、それはもっと難しいけど、もっとやりがいのある事だと思う」彼は咳払いをした。「『ガーディアンズ』は僕に人との関係についてずっと深く考えさせたという気がする。僕はTwitter上でイヤなやつだったんだ。クソほど尖ってて喧嘩腰で腐った事を書いてた。突然マーベルとディズニーで仕事をする事になって、もうそういう事はできないんだと感じた。自分の生活が邪魔されると思ったよ。だけど本当は僕にとってそれは大きな、巨大な好機だった。ああいう事をする事で自分は人を遠ざけていると気付いたんだ。こうなる事を強いられた時」――彼は手を胸に置いた――「より自分らしいと感じた」
 "こう"とは?
「"繊細"、かな?」と彼は答えた。「"前向き"。つまり、僕は心から人が大好きだ。その週の不快な話題をなんでもジョークにする事をやめる事で、本当の自分、とても前向きな人間でいることを余儀なくされたんだ。ほっとしたよ」
 一度も超ヒット大作映画を作った事のなかったフィルムメーカーを起用する事は、マーベル・スタジオズにとってジョン・ファブローに2008年『アイアンマン』の指揮権を渡して以来の大ごとだった。しかしガンより以前にハリウッドの周辺からこれほど離れて暮らしていた者はこれまでいなかった――あるいはガンより後に監督とこれほど深く繋がっている超ヒット大作映画を作り上げた者はいない。
「今のジェームズの成功で僕にとって一番笑えるのは、彼が僕らにずっとそう言っていたように彼は天才なんだって事を今立証している事なんだ」ショーン・ガンはそう話して長々と声を上げ笑った。「僕はそれを面白いと思うけど、でも正しさの証明なんだ、そうでしょ? たぶん彼は自分が追い求めているものに運命づけられているというある程度の重圧を感じていて、肩の荷が下りたんだろう」
 その成功は、もちろん、設備が整い壁に守られたマーベルの遊び場の範囲の中で訪れた――そしてジェームズ・ガンはそこを離れる事を急いてはいない。彼は『ガーディアンズ』のキャラクターたちが初めてより大きなMCUと関わりを持つことになる2018年『アベンジャーズ:インフィニティーウォー』のエグゼクティブ・プロデューサーであり、Vol.3の脚本と監督を務めた後にガンはスタジオが"コズミック"の中で映画を作っていく手助けをする予定だ。
「ケヴィンに『オーケー、ガーディアンズVol.3を作ろう、それからキャラクターたちは彼自身または彼女自身の映画を持つべきだと思うんだ、それからこのキャラクターはこうで、この人物を登場させるべきで、』って話す感じなんだ」とガンは言う。「マーベルのよりスペースオペラ的な側面へのビジョンについて、彼らは僕を信頼してくれているんだと思う。……僕はそれを完全に創る事ができる自由を愛してる。もうR指定の映画や小規模な映画は作りたくないという意味じゃないよ。だけど現時点では今の仕事がクリエイティブな面でとても充実感がある」
 それはガンが自身を人気者の仲間入りだと思っているという事ではない――けれどそう思わない事は好ましい事だ。
「のけ者で、人生で周囲となじんだ事がなかった人の気持ちがわかる」と彼は言う。「『ガーディアンズ』はそういう人に語りかけているんだ。僕にとってエンターテインメントがなしうる最高の事はそれなんだよ。それが僕がアリス・クーパージョニー・ロットンを大好きだった理由だ。僕はミズーリマンチェスターでめちゃくちゃな人たちに囲まれて暮らすクソ孤独な子供だったからね。アリス・クーパーのレコードを聴いて『わあ、この人は僕と同じくらい変なヤツだな、でも遠いところにいる』と思ってた。だけど彼は僕の孤独を和らげてくれた」

*1:gut-busting:直訳だと腸が破裂する

*2:記事が欠けているようです