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Rolling Stone「ブラックパンサー革命」


チャドウィック・ボーズマンさんのインタビュー拙訳。

 

 

 

  二年前、チャドウィック・ボーズマンは『キング・オブ・エジプト』という映画に出演した。あまり良い作品だったとは言えない。しかしその不作ぶりに加えてこの映画はホワイトウォッシングの悪評も得た――古代アフリカの神々役としてスコットランド出身の白人俳優、デンマーク出身の白人俳優、それに少なくとも7人のオーストラリア出身の白人俳優をキャスティングしたのだ。主要人物の中で唯一の黒人であるボーズマンは知恵を司り数学の発明者であるエジプトの神・トトを演じた。映画公開前にインタビュアーがこの批判について尋ねると、同意見であるだけでなくそれがこの役を受けた理由だとボーズマンは答えた――観客に少なくとも一人はアフリカンの神を見てもらえるようにと。「まあそうだよね」と彼は素っ気なく付け加えた。「ブラックやブラウンの人々が出演する1億4000万ドルの映画は作られない」

 この二年間でなんと状況の変わったことか。なぜなら今や我々には『ブラックパンサー』がある――ブラックやブラウンの人々が出演する1億4000万ドルの映画に留まらず2億ドルの映画だ。今作はもっと早く作られるべきだった。スタン・リーとジャック・カービーが初の黒人スーパーヒーローであるパンサーを作り出したのは遡ること1966年だが、その50年後にボーズマンが『キャプテンアメリカシビルウォー』で脚光を浴びるまで彼がスクリーンに現れることはなかった。統計学的に不均衡な数の白人の"クリスたち"がマーベル・ユニバースに出演してきた十年間ののちに、世界はようやっと初のアフリカン・スーパーヒーロー映画を迎えたのだ。

「大転換の瞬間だ」とボーズマンは言う。「『マルコムX』を観る人々のあの興奮を今でも覚えてるよ。そしてこれは更に大規模なことなんだ、我々以外の人々も巻き込んでるからね。マーベル映画は誰もが観に来る」

 彼の発言は誇張ではない。今作はスーパーヒーロー映画の前売り金額の記録を打ち破り、この記事の時点で1億6500万ドルに届かんとしていた――『アベンジャーズ』を除くすべての非続編マーベル映画を上回っており、公開週末の記録が史上トップ10入りする可能性は充分だ。

 軽く説明すると、ボーズマンは地球上で最も豊かかつ最も技術的に進歩した文明を持つアフリカの架空国家ワカンダの王、ティ・チャラを演じている。彼は超人的な力で民を守る責を負うアフロフューチャリストの戦士、ブラックパンサーとしての顔も持つ。マーベルスタジオの長であるケヴィン・ファイギによればキャストはボーズマン以外考えていなかったという。そしてオファーのとき彼には心の準備ができていた。「彼は電話口でイエスと答えた」とファイギは振り返る。「役への躊躇はさして感じられなかったよ」

 41歳のボーズマンはこれまで、アフリカ系アメリカ人の象徴的な先駆者たちの未曾有の人生を演じた伝記映画俳優として最も知られていた。ジャッキー・ロビンソン(『42 ~世界を変えた男~』)、ジェームス・ブラウン(『ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男』)、サーグッド・マーシャル (『マーシャル 法廷を変えた男』)。ある意味でブラックパンサーは論理的な次のステップだ――ヴィブラニウムの爪とステルスのジェットを持つサーグッド・マーシャルといえる。ボーズマンは何年間もこのキャラクターを演じることを望み、2012年には既にそう日記に記していたという。「完璧なキャスティングだ」とライアン・クーグラー監督は言う。「彼の身体能力、控えめな性格、実年齢より若く見える外見、実年齢以上の見識」

「チャドはものすごい演技を見せた」と彼の宿敵・キルモンガーとして共演するマイケル・B・ジョーダンは言う。「他の誰かが演じるなんて想像できなかった」

 映画封切りの数週間前、ニューヨークからやって来たばかりの脚本家の卵だった頃によく執筆に来たというLAのヒップスター系コーヒーショップで、ボーズマンはなるべく身を潜めながらペパーミントティーを口にしていた。装いは黒づくめで――カーディガンにTシャツにチノパンに靴下――スエードのヴァレンティノのスニーカーと汎アフリカ色である赤・金・緑の数珠状のネックレスだけが例外だ。彼は引き締まった長身に長く優雅な指とボクサーの拳を持つ(クーグラー曰く彼らは気持ちを高めるために時折撮影現場でスパーリングをしていたという)。彼の俳優としての強みの一つは内に秘めたものすごい注意深さだが、それは実生活でも同じで、彼は懐疑的に細めた目で世界を眺めている(「すべてを見てるよ」とボーズマン)。喋るときは必ず思慮深く正確を期す。「話が長いってことだな!」と彼は笑う。

 色々な意味でボーズマンは大ヒットアクションスターという柄ではない。彼は「90パーセント」菜食主義者で、ユゼフ・ベン・ジョチャナンやフランツ・ファノンといった革命的な黒人識者の発言をさらりと引用し、観客の前やステージ上では不安になると話す(「トークショーに出る? オーマイゴッド。嫌だ」)。けれど彼は自身がより大きなものへ繋がるパイプ役であるということもわかっている。「僕は特定のタイミングで世間に出る必要のある真実というものがあると心から信じてる。みんながパンサーに熱狂している理由はそこだ。今がその時なんだ」

 今作はアフリカ系アメリカ人とハリウッドにとって重要な分岐点だ。キャストは強者揃いだ――ボーズマンとジョーダンに加えて、アンジェラ・バセットフォレスト・ウィテカーに、『スター・ウォーズ』のルピタ・ニョンゴケニア出身)、『ウォーキング・デッド』のダナイ・グリラジンバブエ育ち)、『ゲット・アウト』のダニエル・カルーヤウガンダからイングランドへ移住した両親を持つ)といった幾人かの直系のアフリカ系俳優たち。黒人の監督、黒人の脚本家、黒人のコスチュームおよびプロダクションデザイナー、黒人の製作総指揮が揃う初の作品でもある。コミュニティ団体らは今作を上映するため劇場を貸し切りにし、チケットを買い与えられない限り映画を観られないおそれのある黒人の子供たちのためのクラウンドファンディングのキャンペーンを主催している。

「我々は、アフリカンであるとはなんなのか、という映画を作っていた」クーグラーは話す。「生まれは関係なく我々全員が持ち寄った一つの精神なんだ。このプロジェクトのコードネームは"母なる大地"であり、それこそがこの作品だ。我々はみなアフリカの大地に学んだ」

「予算と労働力の賜物でこのアフリカの世界というのが作り出された――巨大なプロジェクトだよ」とボーズマンは言う。「でもこれはスターウォーズじゃない――黒人スーパーヒーロー映画なんだ!」彼は今作の実現が今でも信じられないように感じるという。けれど一方で――実現しない方がおかしい、とも。ボーズマンは言葉を重ねる。「今作が実現しなかったとしたらそれはどういうことか? マーベル映画には差別が、蔑ろにされる人々が存在するということだよね」

 ボーズマンにとって今作の"黒さ"は映画の魅力と切っても切り離せない。「一部の(黒人)俳優は『黒人のキャラだからという理由だけでは演じたくない』と言うだろう」と彼は言う。「素晴らしいことだ、彼らが間違っているとは言わない。だけどそれによってあらゆる豊かさが消えホワイトウォッシュされてきた」

 彼は黒人俳優たちの適切な役柄への奮闘や(「黒人のキャラクターが人間性に欠けていることはままある」)、若い黒人の才能を発掘することに対するハリウッドのダブルスタンダード(「毎年エージェントたちは新たな優れた白人俳優を探しにオーストラリアへ飛ぶ。でも14時間かけて新たな黒人を探しに飛ぶ人間はどこに?」)について熱心に語った。

「素晴らしいことも多数起きている」とボーズマンは認める。「バリー(・ジェンキンス)やエイヴァ(・デュヴァーネイ)やライアンを思えば――これは黒人映画の復興だ。でもまだ十分じゃない。数の問題だよ。他人に15回映るショットがあるとしたら僕は3回だ。失敗できるチャンスが9回あるとすれば僕には1回だ。一度でもしくじればキャリアは終わりだと我々(黒人)は誰もが知ってる。僕はその強烈さをわかってる。ライアンの状況をわかってる。コケれば二度とこの街で仕事をすることはないんだ」

 彼は笑う。「もし違ったら言って!」

 我々はコーヒーショップを出て、ボーズマンは Larry King Nowへ向かうエスカレードの後部座席に乗り込んだ。「揉めないようにちょっとだけ母に電話させて」と彼は言う。

「ヘイ」彼女が電話に出ると彼は言った。「大丈夫、ただどうしてるかと思っただけ。プレミアになにを着て行くか決めた? アフリカンスカートね。僕がガーナで買って帰ったんだっけ?オーケー。写真を撮って僕に送るように彼女に伝えて」

 ふたりは数分の間、ボーズマンが企画している故郷の町の子供たち150人程度に向けたブラックパンサーの上映会について話をしていた。「よし」とボーズマンは言う。「これからTVのインタビューを受けないといけないんだ」電話を切ろうとする彼を母親が引き止める。「僕も愛してるよ」と彼は言った。「じゃあね」

 ボーズマンはサウスカロライナのアンダーソンという小さな町で育った。彼の母・キャロラインは元看護士で、父・レロイは繊維工場で働く傍ら椅子張業を営んでいた。彼らは今もそこに住んでいる。

 チャド、それが彼の呼び名で(「母がなんでチャドウィックっていう名前を選んだのかわからないよ――黒人男性につけるには変な名前だ」)、彼は三人息子の一番下だった。真ん中の兄のケヴィンはダンサー・歌手で、ライオンキングのツアーに参加しアルバン・エイリーのカンパニーで踊った。上の兄のデリックはテネシーで説教師をしている。「バプティストだったと思う」とボーズマンは決まり悪げに言う。「お金を出したんだけど小切手になんて書いたか思い出せない」

 人種差別は日常茶飯事だった。彼の学区は彼が生まれるほんの数年前まで人種分離されていた。「僕は『ニガー』と呼ばれてた。レッドネックに道路から追い出され『ファックユー、ニガー』と――言うまでもないね」と彼は言う。「学校へ向かう道でトラックがアメリカ連合国の国旗をはためかせるのを見た。毎日の出来事だったという訳じゃない――だけどそんな日を普通のことに感じてれば……」

 2015年の夏、サウスカロライナ州チャールストンのエマニュエル・アフリカン・メソジスト監督教会で白人至上主義者が九人の参拝者を銃殺した二週間後に、『キャプテン・アメリカシビルウォー』の撮影でアトランタにいたボーズマンは家族に会うため家へ向かって運転していた。「従兄が連絡してきて、『この道はダメだ、そこの駐車場でクランの集会をやってる』と」と彼は言う。「これは過去の問題じゃないんだ」

 ボーズマンは絵を描くことが大好きな物静かな子で、建築家になるのが夢だった。バスケットボールにも熱意を注ぎ、大学チームに声をかけられるほどの腕だった。しかし高校二年生の頃、彼のチームにいた少年が撃たれて殺された。ボーズマンはその事件に応えた芝居の脚本を書くことで悲劇に立ち向かい、Crossroadsと題して学校で上演した。ストーリーを伝えることが好きだと彼は気付いた。「これが僕を呼んでいるものだという感覚を抱いたんだ」と彼は言う。「ふいにバスケをすることがそれほど大事じゃなくなった」

 親しみを込めて"ザ・メッカ"と呼ばれるワシントンD.C.の歴史的黒人大学ハワードで彼は監督業を学んだ。著書『世界と僕のあいだに』の中で作家のタナハシ・コーツ――ボーズマンと同時期にハワードに在学し、偶然にもブラックパンサーのコミックスのライターでもある――はこの大学を「スーツを身につけたナイジェリア人貴族の末裔が紫のウィンドブレーカーを着た坊主頭のQ*1とダップ*2を交わす」、「黒人ディアスポラたちの交差点」と呼んでいる。ボーズマンはすべてを吸収した。アフリカンブックストアで仕事を得てガーナを旅した。また、とあるアフリカ人スーパーヒーローについても学んだ。

「歴史的黒人大学にいればそういうテーマに興味を持つようになる――我々の文化における英雄たちにね」と彼は話す。「それはジョン・コルトレーンであり、ジェイムズ・ボールドウィンであり、ブラックパンサーだった」

 ボーズマンは監督業に役立てるため演技の特別授業をとった。教師の一人は『コスビー・ショー』のクレア・ハクスタブルことフィリシア・ラシャド。彼女は彼のメンターとなった。「彼女はD.C.で演劇に出ていて、観に行くと家まで車で送ってくれて話しかけてくれたんだ」と彼は言う。「『ちゃんと食べてる? ガリガリじゃない。ポークチョップを食べなさい』と。僕らはただ彼女の背中を追いかけてた」

 ラシャドにはボーズマンにまつわる懐かしい思い出がある。「チャドは大きな目と親しみの湧く笑顔を持つとても穏やかなひょろっとした若者だった」と彼女は話す。「彼の可能性は青天井だと感じた。誰かを紹介してくれと頼まれたことは一度もない――それは彼のやり方じゃなかったから。彼は自分自身の価値で道を切り開こうとしてた」

 ラシャドの授業を受けていた頃、ボーズマンとクラスメイトの一部は演劇を学ぶため名高いオックスフォードのサマープログラムに申し込んだ。受理されたが、彼らには先立つものがなかった。「彼女からしきりに参加を勧められた」とボーズマンは言う。「実質彼女が有名人の友人たちに僕らの参加費を肩代わりしてもらったんだ」(「誰が払ってくれたかは言いたくない」と彼は付け加えた。「違う、ビル・コスビーじゃないよ」)

 オックスフォードでは西洋の古典を学んだ。シェイクスピアベケット、ピンター。「だけど僕はずっと黒人作家は同じくらい古典的だと感じてた」と彼は言う。「オーガスト・ウィルソン作品を演じるのは同じくらい難しいし、彼が伝えている物語は同じくらい壮大だ」

 卒業後、ボーズマンはブルックリンのベッドスタイへ移り、ヒップホップ・シアター業界に協賛して、人気ラッパーたちとビートボックス合唱舞踊団を主役とした芝居の脚本と演出を務めた。「ハミルトンが今やっていることを」と彼は誇らしげに言う。「僕らは15年前にやってたんだ」。彼は生活のためにハーレムのショーンバーグ黒人文化研究センターで子供達に演技を教えてもいた(「彼はその仕事をとても誇りに思っていたし充実感を覚えてた」とラシャドは言う。「その話をするとき彼は太陽のようだった――本当にそれを愛してた」)。やがて彼は連続ドラマへの単発出演を始め――『ロー&オーダー』、『CSI:ニューヨーク』、『コールドケース』――そののち『42』でロビンソンを演じブレイクを果たす。しかしその間にも彼は、17歳の頃弾丸によって友人が奪われ、それをきっかけに初めて芝居を作ったときに感じたのと同じ感情の重みを持つプロジェクトを常に探し求めていた。

「僕にとってこの仕事は有意義でないとならない」とボーズマンは言う。「意味を持って始まったことだから」

 ボーズマンがブラックパンサーの役に受かったとき最初にとった行動の一つは、父親にDNAテストを受けてくれるよう頼むことだった。自身のルーツについてもっと知りたいと思ったのだ。「AfricanAncestry.com」彼は話す。「国ではなくて自分がどのエスニック・グループから来ているかの情報がわかるんだ」(ナイジェリアのヨルバ族、シエラレオネのリムバ族やメンデ族、ギニアビサウのジョラ族を指す。)同様にアメリカ人としての血筋についても出来うる限り遡って辿ったという。「もっと詳しく知るには」と彼は口の端を吊り上げる。「資産記録を調べないといけないだろう*3

 ボーズマンはティ・チャラを演じるにあたり幅広い実在の人物の影響を受けた。シャカ・ズールー、パトリス・ルムンバ、マンドラの演説やフェラ・クティの歌。マーサイ族の戦士について勉強し、ヨルバ人の司祭・ババラウォと話をした。戦闘シーンに向けてはアフリカのマーシャルアーツを訓練した――ダンベ・ボクシング、ズールー族の棒術、アンゴラカポエイラ。リサーチのため南アフリカも二回訪れた。そのうちの一回で、ケープタウンストリートミュージシャンが彼にコサの名前を授けてくれた。Mxolisi、あるいは"調停者"。

「彼なりの『アフリカ系アメリカ人として、きみの祖先、きみの文化、きみの伝統からきみが隔絶されているのは知っている』というメッセージだったんだと思う」とボーズマン。「『こうしてきみを故郷に迎えよう』と」

 彼にとって最も重要だったのはアクセントだった。作中でワカンダ人たちは南アフリカ公用語の一つであるコサ語を使い、喋る英語はコサ訛りだ。「それについては強く要求しないとならなかった」とボーズマン。「僕はアクセント抜きでこの映画を作ることはありえないと感じたんだ。でも(スタジオに対し)恐れる必要はないんだと説得する必要が生じた。僕の主張は最初の五分で観客の耳は慣れるということだった――そのために字幕をつけるなりなんなりすればいい――そうすればアイルランド訛りやコクニー訛りと同じように観客はついてこられると僕は信じてる。我々はずっとそうやって映画を観てるのに」彼はこう付け加える。「アフリカ訛りになった途端『理解できないよ』となるはずがあるか?」

 そしてもちろん、オバマの存在があった。ブラックパンサー映画化の話が動き出したとき合衆国大統領は黒人だった。「ある意味で彼の存在が実現への扉を開けてくれたんだと思う」とボーズマンは話す。彼はオバマの『批判に反応しようとはしないリーダー、口を噤み足を踏ん張るタイプの人物』というコンセプトを取り入れた。さらにクーグラーと共にヴィブラニウム――ワカンダの富と並外れた技術力を支えている超貴重な金属――は一種の核兵器だという話をしたという。「似たものだから」と彼は言う。「朝3時に緊急の電話を受ける相手に誰を選ぶ? 僕なら(オバマや)ティ・チャラのような人がいいね……他の誰かよりは」

 その話題は現職の議員を思い出させる。ボーズマンはティ・チャラ――アフリカで最も高い教養のある王国の天才兼億万長者の君主――はアフリカ諸国を『肥溜めのような国々』と呼んだトランプ大統領をどう判断すると考えているのだろう?

 ボーズマン――トランプは「白人至上主義に発言権を与えている」と昨年発言した――は今はただ微笑むだけだ。「ぜひ答えたいけど」と彼は言う。「パンサーについて話す時間を彼のために割きたくない」

 数日後、ブラックパンサーはLAの劇場で世界初披露された。黒人ハリウッド俳優の半分が集結したかのようだった。バルコニーでポップコーンをぱくつくドン・チードル、階段で拳を突き合わせるローレンス・フィッシュバーン、赤橙色のスーツ姿を華麗に見せつけるドナルド・グローヴァー、"ワカンダ・フォーエバー"と書かれたTシャツを着たジェイミー・フォックス。映画が上映されると歓声や涙や笑い、複数回のスタンディング・オベーションが起きた。それは祝祭だった。観客は感じ取っていた。

 その週の後半、クーグラーはビバリーヒルズにあるホテルのバルコニーに座ってそのリアクションを消化しようとしていた。「プレミアっていうのは圧倒されるよ」と彼は言う。彼はベイエリアから映画を観にやってきた50人ほどの親類に気を取られていた。彼の祖母のように高齢で車椅子の人もいた。「彼らが大丈夫かってことばかり考えてた」と彼は話す。「スロープを気にしててね」

 クーグラーはマーベル映画初の黒人の監督としてよく話題にされるが、彼の若さについてはあまり触れられていない。彼はまだ31歳だ――これほど巨大な映画の舵取りとしてはおそろしく若い。「これまで起用した中で一番若いフィルムメーカーだ」とマーベルのファイギは言う。「彼の才能はすさまじいよ」

 この若き天才の過去二作――2013年、オークランドの地下鉄駅のホームでうつ伏せになった状態で警官に背中を撃たれ殺された丸腰の黒人青年オスカー・グラントの事件を描きサンダンスで愛された『フルートベール駅で』、2015年、ロッキーシリーズのリブートであり少年院育ちで怒りをリングに向けることを学んだ若きボクサーの物語『クリード チャンプを継ぐ男』――は評価の面でも興行収入の面でもヒットし、クーグラーがこのチャレンジに耐えられることを証明した。けれどそれでもそれら二作共に出演したジョーダンに言わせると、五年前に予算90万ドルの自主製作映画を(ジョーダン曰く「ダクトテープと1つのカメラで」)撮っていたのと同じ監督の2億ドルの映画の撮影現場にいることは「非現実的」だったと言う。

「時々次のショットの準備中に」とジョーダンは話す。「脇に寄って僕ら二人だけで『すげえな!』って」

 クーグラーの方はストレスが多すぎて心からは楽しめなかったと話す。「でも毎日なにかしらを見ては『なんてこった、本当にこれを作ってるのか』と考えてた」

 クーグラーはブラックパンサーはこれまでで最もパーソナルな映画だと語っている――彼の説明を聞かなければそうは見えないが。

ジェームズ・キャメロンがどう『タイタニック』を作ったか話してるのを聞いたことはあるかな」と彼は言う。「僕はインタビューを聞いたことがあるんだけど、彼は海洋を探索したくて『タイタニック』を作ったんだそうだ。彼の熱意の矛先は深海ダイビングと海中の難破船で、それを実現するチャンスとして『タイタニック』に着目したんだ。ギャラが出るしそこから映画も作れるだろうからと。一人の男の好奇心の結果として信じがたい成功作を作ったんだ」

 クーグラーのブラックパンサーは多くを描いている。家族、責任、父と息子、強い女性たちのパワー。移民、国境、難民。黒人であるとはどういうことか。アフリカンであるとはどういうことか。この世界の住民であるとはどういうことか。

 けれどこれはアメリカについての映画でもある――強制的な刑期の下限や大西洋奴隷貿易の歴史を持つアメリカ。これはあるキャラクターの言葉を借りれば、「主導者たちは暗殺され、コミュニティはドラッグまみれ」の様を描いた映画だ。そしてこれは――また別のキャラクターの忘れえない最後の言葉を借りれば――「俺の祖先たちは船から飛び降りた、死は束縛よりマシだと知っていたから」ということを描いた映画だ。

 クーグラーがオークランドで育った頃、彼の父親はサンフランシスコの少年拘置所で働いていた。「YGCと呼ばれてる――Youth Guidance Centerだ」とクーグラーは話す。「未成年者が収監される場所。クソみたいな所だよ」

 21歳になったクーグラーは同じくそこで職を得た。「フリスコは主に白人とアジアンの都市だ」と彼は言う。「でもYGCへ行けば見当たるのは黒人とヒスパニックの子供たちだけ。彼らが不当に長い懲役刑をくらっているのがわかるだろう。あるいは面会日になって彼らの家族に会い、『この子供たちはこの家族の元に戻るのか? 更生の見込みなんてない』と」

 クーグラーがYGCで取組んだ問題の一部は彼の最初の二作のテーマになった――崩壊した家族、行き過ぎた取り締まりと行き過ぎた収監、チャンスを与えられない黒人の若者たち。彼らはブラックパンサーにも登場している。主にジョーダンの演じるキャラクター、見捨てられたワカンダの王族の一員であり、オークランドで孤児として育ちネイビーシールズから秘密工作の暗殺者へ身を転じたキルモンガーの中に。彼はティ・チャラを玉座から引きずり下ろすことに加えワカンダの財と兵器を利用して国際的な人種暴動に火を点けることを目的に祖国へ戻る。「俺のいた場所で黒人たちが革命を始めたとき、彼らには迫害者どもと戦うための火力も財力もなかった」という彼の台詞がある。彼の計画は世界中の有色の人々に「立ち上がり、その力でやつらを殺せるように」武器を与えることだ。

 ジョーダンはボーズマン同様キルモンガーに実在の偉人たちの要素を取り入れた。マルコムX、マーカス・ガーベイ、ヒューイ・P・ニュートン、フレッド・ハンプトン、トゥパック・シャクール。「このオークランド出身の黒人の若者は根幹的な圧制の下に育ち、母親や父親を持たず、養護施設へ行き、その根幹の一員になった」とジョーダンは言う。「同じアフリカ系アメリカ人として彼の憤怒は理解できるし、なんとしてでもやらなければいけないことをやり遂げるまでに至る過程も理解できる」

 ボーズマンにとってはキルモンガーとティチャラは同じコインの表裏だ。マルコムとマーティンでこそないが――なぜならティチャラも戦闘に頼っているから――けれど似ている部分はある。過激派VS外交家、革命家VS調停者。「ああいった考え、あの論争――僕は人生のほぼずっとああいう話をしてきた」と彼は言う。「でもそれを表舞台で聞ける機会というのは今までなかった。我々があの対話をできるということ、観客がそれを聞けること――それに対処する必要があるという事実も。それがこの映画をまったく違ったものにしている」

 言い換えると、黒人スーパーヒーロー映画をお楽しみください、ただし500年以上におよぶ根幹的な圧制と向き合う心の準備もどうぞ、ということだ。

「大勢の人がチケットを買ってる」とボーズマンはにやりとする。「けどみんなそれは予期してないよ」

 長いプロモの一日を終え、ボーズマンはウェストハリウッド近くのヒップホップカクテルバー、Dimeで一息つく。一緒にいるのは彼の執筆パートナーでありハワード時代からの親しい友人であるローガン・コールズと、友人でありトレーナーであるアディソン・ヘンダーソンだ。彼らはお祝いで集まっていた。映画の公開に加えてコールズの妻のお腹には第一子がいて妊娠8ヶ月なのだ。「もうすぐ生まれるよ」とボーズマンは言う。彼はテキーラのグラスを掲げ「新しい命に!」と乾杯をした。

 DJがトゥパックやナズをかける中で彼らは壁際のソファで肩を寄せ合い次の構想を練っていた。今夏、異星人の侵略から世界を守るためブラックパンサーキャプテンアメリカと手を組む『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』でこのキャラクターをもっと観られるのは確実だ。しかしボーズマンは執筆に戻れることに最も興奮しているようだった。彼とコールズはボストン出身の牧師でアンチギャングである活動家を描いた脚本に着手するところで、ボーズマンはその人物を演じることを希望している。彼らは『Expatriate(原題)』と題した彼らの書いた台本についても微調整をした。1970年代の飛行機ハイジャックにまつわる映画で、オスカー受賞者のバリー・ジェンキンス(『ムーンライト』)が監督として契約済みだ。

 ボーズマンにはやりたいことがたくさんある。「我々の文化にはまだ語られていない物語が多すぎる。ハリウッドがそれらを実現可能だとみなさなかったからだ」と彼は言う。「アフリカ系の偉人たちが登場するまだ見たことのない歴史の一端を見られるのはクールだと思う。例えばヨーロッパにおけるアフリカ系――スペインのムーア人だとか。あるいはポルトガルに行けばあちこちに黒人の像がある。我々はここにいたというだけでなく」とボーズマンは言う。「ヨーロッパ的だと思われているすべてのものに直接的に影響を与えてきたんだ」

「驚きだよ」とコールズは言う。「ふたりでベッドスタイのコーヒーショップに座ってたのを覚えてる。コーヒーを二杯頼む金があるかも怪しかったけど、僕らはオーナーの地元の友達と知り合いで、店がスープを出してくれて、夜になるまで台本に取り組んでいたものだった。スーパーヒーローなんて想像もしなかったね」

 ウェイトレスがおかわりを運んできてボーズマンは再び乾杯の音頭をとった。「この映画を観られることに」と彼は言う。「そしていい作品だとわかっていることに乾杯!」

 我々が別れる前に、ボーズマンは心変わりをしてオックスフォードへの旅の話をしてくれた――ラシャドに費用を提供した有名人についてだ。「帰ってきた後に寄付ついての通知を受け取ってね」と彼は言う。「デンゼルがお金を出してくれたんだ」

 そう、あのデンゼルだ。「僕だとは知らないはず」とボーズマンは言う。「無作為だったから」知ったとき彼は手紙を書いた――「感謝の手紙を書くのを待ちきれなかったんだ!」――が、ワシントンが物を溜め込む性格か写真記憶能力者でない限り20年前の無名の大学生を覚えているべくもない。「彼に直接会って伝えられる機会を待ってるんだよ」
【訳注:その後この記事が世に出る前にNYプレミアにてデンゼル・ワシントン氏に直接感謝を伝えられたそうです】

 最初から話そうとしなかったのには理由があった。「誰だって(相手の良い評判を広めることで)人に『お礼をしてあげなきゃ』とは思ってほしくないでしょ」と彼は言う。「もらえるものは既にもらった後だし。だけど今朝、自分はもう誰もそんなことを思わないところまで来てるって気付いたんだ」と彼は微笑む。「もう僕に手助けは必要ないから」

*1:bald-headed Qsの訳について、Rolling Stone日本語版記事では"スポーツ選手たち"、慶應義塾大学出版会『世界と僕のあいだに』では"女役のゲイたち"とされており、はっきりしないのでここではQのままにさせていただきます

*2:拳を突き合わせたり握手をした後でふたりが同じように手を動かすあの動作

*3:祖先は商品として売られたため。もう少しだけ細かく語っているインタビュー参照→

https://www.apnews.com/44d69ea966054c669e02acf6c2b673f1