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備忘録や情報まとめのメモ。間違いがありましたらご指摘いただけるととてもとても有り難いです。

ジュリー・デルピー×ダニエル・ブリュール

パリ、恋人たちの2日間』『ニューヨーク、恋人たちの2日間』『血の伯爵夫人』でブリュールさんを起用(・共演)しているジュリー・デルピーさんによるブリュールさんへの2013年9月の電話インタビューの訳です。

 

 

 

 ジュリー・デルピー:この業界に入った経緯をお話してください、ミスター・ダニエル・ブリュール

ダニエル・ブリュール:そうですね、小さい頃に演劇を始めて、その後 父がドキュメンタリーの製作者でドイツのテレビ局で働いていたのがあって当然のようにその仕事に魅了されました。その後15歳くらいの頃に初めて映画に出ました。子役事務所にいて、3回目に呼ばれたオーディションでちょっとした子供用の仕事をもらって初めてお金を稼ぎました。自分の給料で初めてのマウンテンバイクを買えたのがとても誇らしかったです。学生時代はそうやって仕事をしてました。これが自分が本当にしたい事だとわかったのでそれ以来続けてます。学生映画に2本出られたので滑り出しは幸運でした。両方ともドイツの映画祭で注目を集めたとても魅力的な映画で、僕はそれでちょっと認められて賞をもらいました。その次が今撮影中の作品(『Ich und Kaminski』)と同じヴォルフギャング(・ベッカー)監督の『グッバイ、レーニン!』。12年くらい経ちますがあれ以来一緒に仕事をした事がなかったんです。僕らは親しい友人になったので、もう22,3歳ではなく35歳で全然違う映画を撮るというのは変な気分ですね。

デルピー:演技が好きな理由はなんですか? いつも人がどうして役者になるのか興味があって。自分自身にも時々尋ねるんだけど…。

ブリュール:どうでしょうね。注目されたり嘘をついたり何かのふりをする事が好きなのと何か関係があると思います。子どもの頃の特技は死んだふりだったんです、すごく上手いと思ってて。7歳か8歳の頃バスタブにドライヤーを入れて死んだふりもしましたね。毎回母が悲鳴を上げたので自分は上手らしいって気付いたんです。

デルピー:ダニエル、それ酷いわ。

ブリュール:楽しかったんですよ。

デルピー:それじゃ、俳優は天職?

ブリュール:そうだと思います。生きやすくしてくれたものですね。僕にとって、15の頃かな、これが自分のやりたい事なんだと確信しました。

デルピー:マルチリンガルの俳優というのはどうですか? あなたがスペイン語、ドイツ語、英語を流暢に話す事は知っていますが、それは自分にとってどう機能していますか?

ブリュール:スペイン人の母とドイツ人の父に育てられたので母語はドイツ語とスペイン語で、家でどちらも喋ってました。バイリンガルの家庭で育ててもらった事にとても感謝してます。それにドイツで一緒に育ったのがフランス人の家族で、子どもの頃は常に違う言語が入り混じる環境でした。最近ドイツにいて今のドイツ映画のカルチャーにはあまり惹かれないなと感じる時があるので、言語はアドバンテージですね。数年前のドイツ映画のクオリティーなら参加できて嬉しかったんですけど…。

デルピー:『ベルリン、僕らの革命』だとか。

ブリュール:それや『~レーニン!』。あの頃はよかったんですが、なんでまたコメディーを作ろうとしてるのかがわからないんですよ。僕らドイツ人は車を組み立てるのは上手だし優れたことはたくさんあるけど――ドイツ人とお付き合いされているあなたもご存知だと思いますが――最高に面白い訳じゃないって理解するべきです。

デルピー:ドイツには子どもたちがユーモアを学ぶコメディスクールがあると聞いたけど。

ブリュール:コメディスクールが? それはあるべきですね――先生はイギリス人かオーストリア人で。今撮ってる映画ではオーストリア人2人と一緒なんですけど彼らはすごく面白いです。文化的に不思議ですよね、ドイツの南にあるドイツ語を喋る国なのにドイツ人にはないダークで陰気で変わったユーモアセンスがある。フランス人も優れてると思います。スペイン人はドイツと同じで一般的にそんなに面白くないですね。

デルピー:彼らはお馬鹿なジョークが好きでフランス人は…まあどの文化も違いがありますよね。ドイツはユーモアの王者ではないとは思います。ですが要点は、あなたが現時点でドイツの映画業界に飽き飽きしていることですね。

ブリュール:そうですね。あまり仕事がないです。ですからスペインや、時々フランスから声をかけてもらえたのは利点でしたね。それからロン(・ハワード)に出会えたのがとても幸運でした。

デルピー:同じく(クエンティン・)タランティーノ作品『イングロリアス・バスターズ』(2009年)への出演も良い仕事でしたよね?

ブリュール:確実にそうです。彼のようなスター監督だったり大規模な映画に触れたのは初めてでした。もちろん我々全員にとって良い出来事でしたし、特にクリストフ・ヴァルツにとってはそうです。自分の事のように嬉しいです、彼は本当に――ワオ――ロケットみたいだから。ひとつの映画、ひとつの素晴らしい役でどれだけ人生が変わりうるかというのは驚きですよね。

デルピー:ええ…私には起こらなかったけどそれはまた別の話ですね(双方笑う)。イングロリアス・バスターズでの経験はどうでしたか?

ブリュール:クエンティンに初めて会った時はとても嬉しいと同時に怖かったですね。あれはホテルでのディナーで、僕は準備万端でした。彼が生きる映画事典だってことは知ってましたし、ドイツ映画やあの時代の作品について色々話すだろうということもわかってました。なので彼が作ろうとしている映画の参考になりそうな作品について知識を披露したら、彼は「うん、素晴らしい。だけどこっちのもっと良い映画を君も知ってるだろう」と。僕は白ワインを飲んでて、「ああ…もちろん!」と、まあ嘘を(笑) それから僕はオーディションでも嘘をついて、というのもまだフランス語版の台本がなかったんですが、彼が僕のシーンをフランス語で撮りたいのはわかっていたので「問題ありません、すぐ翻訳できます」と。でも僕のフランス語はご存知のとおりそんなに上手じゃないので、知らない単語はスペイン語を混ぜて喋ったんです。ほら、アメリカ人なら――

デルピー:違いがわからない。

ブリュール:ええ。なのでフランス語とスペイン語まぜこぜで――うまくいきました。

デルピー:それを彼に話した?

ブリュール:話しましたよ。気まずくて言わずにはいられなくて。彼は大笑いしてました。

デルピー:でも契約した後に話したんでしょ?

ブリュール:もちろん(笑) オーディションでの僕は酷かったので興味深い経験でしたね。

デルピー:私も同じ。監督としてそのプロセスにはとても気を付けますね。なぜなら悲しいかな、オーディションでぱっとしなくても実際はもっと力がある俳優たちもいれば、オーディションで心底素晴らしくてもそれ以上がない俳優たちもいることに気付いているから。

ブリュール:まったくです。他の俳優たちのDVDでいっぱいの真っ白な部屋の中にテーブルと椅子がある刑務所みたいなオフィスに行ってその場を盛り上げなきゃいけないんですよ。もっと良い環境ありますよね? 屋外とかプライベートなアパートの部屋で音楽をかけて…。

デルピー:フランスの監督は大体自分のベッドルームでやるけど、女優にとってはちょっとね(双方笑う)。ところであなたの経歴の話をしましょう。『ラッシュ』はどうでした? ロン・ハワードとの仕事は?

ブリュール:会って5分でロンに惚れました。僕のことをとても信頼してくれて。普通は2週間おいて電話してきて「素晴らしかったけど役はあげられないんだ」なんて言うものですけど、3日後、僕はスペインでトラックを追い越して彼女に「あなたはF1ドライバーじゃないんだし運転上手でもないでしょ! トラックの後ろにいて!」って怒られて、その後携帯を見たらロンドンからメッセージが3件来ていて。ロンドンのエージェントに電話したらロンからオファーが来たと言われました。

デルピー:そしてあなたは運転の仕方を知らない…

ブリュール:彼は伝説の存在、僕は運転の仕方も知らない(笑) なので2回目にロンに会う前に自分でF3のコースを走ってみました。F1の下級クラスという感じのコースでF3カーが運転できるんです。レーシングカーに慣れるためにスペインで運転して、そのアドレナリンだったり病み付きになる感覚が理解できたぞと思いましたね。2回目に会った時には運転が上手になってました。それとニキ・ラウダはとても強い訛りがあるのでオーストリアのアクセントをきちんと習得したくて、どうにか方言指導のコーチをウィーンで見つけて4週間準備しました。その時に初めて会ったニキ・ラウダは魅惑的な人でしたね。彼を演じるのはすごく楽しかったです、率直で社交下手な人なので。電話で初めてした会話を今も思い出せますよ、電話がかかってきて「今会う必要があると思う」と言われて、「手荷物だけ持ってウィーンに来なさい、お互い気に入らなかった場合すぐ出て行けるように」って(笑)

デルピー:存命の人物を演じることができるのは喜ばしいですか? 彼に会って感触を得ることは役立つと思いましたか?

ブリュール:ええ、そうですね。重要なことだったと思います。もちろん彼が僕を気に入ってくれた事に大いに助けられました。全然遠慮がなくて気を遣わない人なので。ウィーンらしい性格です。もし嫌われていたらはっきり言われたでしょうね。オーストリア人とドイツ人で変わった関係を築くわけで、彼に会う時は本当に緊張しました。どうか弱虫ドイツ人だと思われませんようにって。でもお互いすごく好感を持ちましたね。ウィーン滞在最終日に、彼が「なあ、俺のプライベートジェットに同乗して、」彼はパイロットでもあるんです、「サンパウロまで飛んでドライバーたちに会いにグランドプリックスに行きたいか」と言って、ついて行ったらF1ドライバーたちに僕を紹介してくれました。

デルピー:『フィフス・エステート』にも出演していますよね?

ブリュール:ええ。『ラッシュ』のすぐ後に公開です。エドワード・スノーデンウィキリークスの問題という繊細な案件を再び取り沙汰する作品なのでとても面白くなると思います。ジュリアン・アサンジは意見の分かれる人物ですね。

デルピー:彼には会ったんですか?

ブリュール:クリスマス前にロンドンの大使館へ ベネディクト・カンバーバッチと一緒にアサンジのスピーチを聞きに行きました。とても興味深かったですね。確かにスピーチがとても巧みでかなりのカリスマ性がある人です。同様にあの出来事のあらゆるバージョンの本を読みました。僕が演じる役柄であるダニエル・ドムシャイト=ベルクの本を読んで、その後にガーディアンの記者チームの本(『ウィキリークス アサンジの戦争』デヴィッド・リー、ルーク・ハーディング著)を。真実がどこにあるか目にするのは本当に奇妙な事ですよね。

デルピー:ダニエル・ドムシャイト=ベルクには会いましたか?

ブリュール:2、3回会いました。僕には彼の誠実さを疑う理由も彼の言葉を信じない理由もなかったので会う事を心強く感じました。彼は真の活動家で、オープンリークスという新しい活動を始めたそうです。

デルピー:アサンジの問題点は彼が権力や注目を求めていることに思えます。それが彼が誰であり動機が何であるかを少し混乱させているような。彼への個人崇拝が若干存在する事が常に厄介です。

ブリュール:彼のバイオグラフィーを読むと子供時代と青年時代についての章があって、ハッカ―だった頃に彼は早くから裏切られている。それで誇大妄想という当然の結果があるんです。けれどあなたの言葉どおり、力を得て事が大きく圧倒的になるとすぐに人は変わります。

デルピー:それでは、あなたの次の予定は?

ブリュール:えっと、ムール・フリットを食べるつもりです。

デルピー:エキサイティングね。

ブリュール:秋に素晴らしい監督1人か2人と仕事をする予定です。ふたりとも監督なのでどちらにせよ楽しみですね。それにもう2ヶ月家に帰っていないのでベルリンで少し休めたらいいなと。あと経営に携わっているタパス・レストランのこともあります。あなたも是非! ベルリンのクロイツベルクにあるすごくクールな店なんですよ。2年やっててまだ破産は免れてます。お客さんに愛されている自慢の店で、開店した時は映画のプレミアより誇らしかったですね。母も気に入ってくれました。

デルピー:あなたはムービースターですが、タパス・レストランの方へより関心があるということですね。

ブリュール:ええ、ある意味…時にはね。